『談話室』 総集編   4月分(04/04/01〜04/04/30▼      

夜桜■かおる(460) 投稿日:2004年4月1日<木>22時24分/女性
皇子山球場前の桜観月舞台の前の夜桜・・・・ 3日前に、咲いている木を探して、漸く撮った画像が左の画像。

そして、今宵ライトアップ初日には、もうこんなに咲いた。・・・・・・・
右の画像は、謡曲『三井寺』に登場する観月舞台(西国33ヶ所、第14番札所の三井寺観音堂の左前にある)を背景に、咲き誇る桜。

ライトアップ開始に、なんとか間に合った感のある、三井寺の桜を見ようと、大勢の人が詰め掛けていた。例年より、寒くない。咲き始めたばかりで、夜目でも、しっかりしたピンクがきれい。「こんなきれいやったら、明日休んで、おかあちゃん連れて来たろ」と上機嫌のおっちゃんは、お酒臭い。見上げれば、黒地に桜模様の天幕。豪華絢爛な美しさを楽しみたい方は、二、三日うちの、お昼に是非! 疎水の桜はまだまだ、ボリューム不足。これからですよ〜


9時が良い■かおる(461) 投稿日:2004年4月2日<金>22時07分/女性
いつもの温泉に、今日は9時前後に行った。あの、『ためしてガッテン』で、聞いてから何度か行ってみた。この時間帯はお子ちゃまも多く、混み合うのでつい、空いた時間に行くのだが、案の定、座って身体を洗っていると、お尻を触っていくやつがいる。誰だっ! 振り向くと、大きなキューピーさんが歩いている。と一瞬思ったほど、可愛い赤ちゃんがお母さんに手を引かれて、歩いている。ちょうど彼女の手が、私のお尻の位置と同じだったのだ。私も触りたいくらい可愛い。物騒な世の中だ。知らないおばさんが不意に触りに来たりしたら、お母さんは引くよね。やめといた。

サウナに行くと。TVに映っている、ボブ・サップが、薬学を勉強していたと言っている。向こうにはお構いなく、頼もしい仲間がいるもんだと勝手に仲間にしてしまう。

暗示にはいとも簡単にかかってしまうタイプの私だから、「9時が良い」と言われれば、なんか良いような気がする。「良いと思う」ことが大切なことで、薬も効くと思い込んで飲むと、効くのである。同じ薬でも「効かないよ」と言い含められて飲んだときには、効き目が落ちる実験結果がある。「私はキレイ」、「私はエライ」、「私はスリム」思い込み方が足りないのか、まだ効果は現れない。


今宵は、TVを見よう■かおる(462) 投稿日:2004年4月3日<土>23時00分/女性
いよいよ、NHK総合に登場、『冬のソナタ』。TVにうとい私でも知っている、あのメガネの美男、ぺ・ヨンジュンの顔。昨年暮れにソウルに行ったとき、私の乗った地下鉄各車両にでかでかと描かれていた。日本で言えば、身体の不自由な人や、お年寄りのためのシートの外側ボディの窓の下のスペース。今思えば一台遅らせて、写真を撮ればよかったのに、初めてなので、乗り込むことに夢中で、その余裕も、勇気も無かった。
『冬のソナタ』は、今時ありえない恋愛物語だそうだが、見なければ批判も、涙することも出来ない。友も今日放送のあることをわざわざ電話で教えてくれた。眠いが、今宵は、見なければ・・・・・!!!

Sopranista■かおる(463) 投稿日:2004年4月5日<月>00時46分/女性
Sopranistaという言葉を知っている人はどれくらいいるのだろう。日本では岡本知高とほぼ同義語のようだが、『題名の無い音楽界』のHPには、“ソプラニスタ”とはカウンターテナーよりも高いソプラノの音域を持つ男性声楽家のこと、となっている。彼は、昨秋、パリ留学から帰国して、猛然とコンサート活動を開始したらしい。昼のメロドラマの主題歌も歌っていたそうでだが、私は今日初めて、その言葉と存在とを知った。目を閉じて聞いていると、歌っている人が、123sの巨漢であると、とても思えない。北陸の温泉で、彼が上機嫌で歌っている声を聞いて、女湯だと間違え、引き返した男性客がいたという話とか、電話で女性と間違われたとか、エピソードには事欠かないそうである。不思議な違和感と、不思議な快感がある。
文化が爛熟してくると、男性の高い声が好まれるようになり、昔のベネチアに、そのような男性がたくさんいたと聞いたことがある。その流れの最後の歌手のノイズの多いSP録音の声と違い、彼の生の声はものすごい迫力だった。ホールの空気がビリビリ震える。聞くとα波が出ると、友人が説明してくれる。α波は、私と彼女に心地よい眠りを供給してくれた。「それ、α波のためではなく、昨日の『冬のソナタ』のせいではない?」といわれても致し方ない。実際睡眠時間は足りてはいないから。文化的な週末は、悪性の月曜病の発症を招きがちである。

満開の桜色々■かおる(464) 投稿日:2004年4月5日<月>23時09分/女性
美しいという感情は、たぶんに自分の中にある感情に左右されるような気がする。
今年も、変わらず桜は美しい。何処もかしこも満開である。しかし、そばに行って、私に訴えかけてくるような、あるいは輝くような、特別の美しさを感じることは稀である。そういう時は、大抵自分が充足しているときで、うすピンクの花びらの湿り具合まで、ここちよく感じられ、感動がひたひたと迫って来て、目だけでなく身体全体で美しいと思っている。花によって感動させられていると思っているが、実は自分に感動しているのかもしれない。鱗が目に張り付いて、さながら、ザルツブルクの小枝のように、美しさがグレードアップするのだろうか。

美しすぎるソメイヨシノはあまりに画一的過ぎて、早く嵐が来て、花が散ってしまえばいいとやけになったりする。しかし、満開の桜もその時が来れば散り、人も寿命が尽きれば死ぬ。それは誰にでも平等なこと。そんな日が来ることは知らぬげな新人があふれる季節。一日一日が、あんなにキラキラしていた、新人の頃の心を思い出し、一日を大切にすごせば、ひょっとして、もう一花咲かせる事も夢ではないかも。遅咲きの山桜も、枝垂桜もあることだ。みんながみんな、ソメイヨシノでなくてもいいのだからと、姥桜代表は考える。  
注)姥桜:色気のある中年の女 (三省堂国語辞典より)


貧乏暇なし■かおる(465) 投稿日:2004年4月7日<水>01時30分/女性
忙しい。なぜか毎日夜遅くまで何かしている。夜桜見物≠烽サれに入るんでしょ。って? そうなんです。仕事しているからではないのである。にもかかわらず、疲れて休みの日はほとんどダウン。律儀って言えば聞こえが良いが、要領が悪いだけのこと。つまりは、どんくさい。私は、クールに、シャープに生きているつもりなのに。自分にはウソはつけても、外面にはばれているらしい。「弥生会館はどこですか?」とまた大阪で道を聞かれた。二人で話しながら歩いていたのに。
今日も、さるイベントの実行委員会に誘われて顔を出した。私はよほど、あちこちで暇人と思われているらしく、義理堅く顔を出すと、知らぬ間に日が消えていく。最近は、一日に三つも重なる日さえある。こんな事をしていては・・・・、友人との約束も、風邪で流れたきりになっている。“No.”と言える私“やーい!” ああ、「貧乏暇無し」を絵に描いたような日々。

実行委員会ありがとうございました鎌田 伸一(466) 投稿日:2004年4月7日<水>08時03分/滋賀県/男性/42才
川村さん、平野さんの情熱に誘われて実行委員会に参加させていただきました。呼びかけ人の方々が中心としてやっていくと思っていたら、大役を仰せ付けられ戸惑っております。伊藤先生とは家族ぐるみでのお付き合いなので、私の方へ回ってきたのは当然の成り行きかもしれません。至らぬところばかりと思いますので、お助けください。では、簡単ですが、ご挨拶まで、では失礼いたします。

Re:実行委員会ありがとうございました■かおる(467) 鎌田 伸一さんへ 投稿日:2004年4月7日<水>22時54分/女性
鎌田さんようこそお越しくださいました。

>川村さん、平野さんの情熱に誘われて実行委員会に参加させていただきました。

私も誘われて、軽い気持ちで参加したものの・・・・・

>大役を仰せ付けられ戸惑っております。伊藤先生とは家族ぐるみでのお付き合いなので、
鎌田さん以外に誰がこんなこと出来るでしょう。

今回のイベントのために、コレといったの特技も持たない私が、大きな顔して座っているのさえ恥ずかしいような、特別すてきな人たちの集まりでした。でも、徐々に、恥ずかしさをかなぐり捨て、この人たちのお手伝いが出来たらと厚顔になってきたのも、コレおばさんの特質。

>お助けください。

「分かりました。助けましょう。」という、このあつかましい特質、何かお役に立つのならお使いいただきたいと思います。

まだ、情熱以外のものは何もないのですが、核になるのが、『大津に、北海道、“木夢”の遊園地がやってくる』です。進み具合をまたお知らせいたします。乞う、ご期待!

もう人には求めない。求められない。だから、木のぬくもりがほしい。というのは少し寂しすぎます。木のぬくもりから、人間のぬくもりが触発され、思い出せたら、いいんでないかい(これ北海道弁みたいでしょ)。と思います。至らぬのは私の方。足手まといにならないよう努力します。よろしくお願いいたします。

平然■かおる(468) 投稿日:2004年4月8日<木>21時05分/女性
あの日から、5回目の桜が咲いた。あの日は、ほとんど見えないくらい遠くなった。でも桜が咲く頃になると、少しズームアップして、今の普通の私の邪魔をする。何があろうと平然としていられる人になりたいと思っていたが、最近は寛大になり、動揺する日が一年に一日、二日あっても良いじゃないと鷹揚なものだ。

ところが、これが一日、二日ではすまない。好奇心の命ずるままに、おもちゃ箱をひっくり返したような、雑然とした毎日。これから何回桜が咲いたら、平然とした立派な大人になれるのだろう。あーあ。


日本人拘束■かおる(469) 投稿日:2004年4月9日<金>21時20分/女性
どのTV局からも『イラクで日本人拘束』のニュースが流れている。イラクのためにと思っている人が、イラクのためにと思っている人に拘束される。世の中には、こんな変な事がごろごろ転がっている。このニュースを聞くと、自分のために、自分らしく、と声高に叫ぶ人々(女性に多いが)の生き様がなんだか滑稽にさえ見えてくる。彼等も、自分のために、自分らしく生きようと、イラクに行ったのだろうから、皆同じと言ってもいいのかも知れないが、心の中にある「人のために働こう」という気持ちの割合は少し違わないだろうか。私は両者を同じほど知らないので、表面的な理解だといわれても仕方ないが。

「思いやりを持ちなさい。弱いものを助けなさい」と教育されても、毎日のTVニュースは、一番大事なのは力の論理だと教えてくれる。なら、他人を傷つけても、責任を上手に回避して、自分のために生きる人達の方が、新しくて、賢くて、正しいのである。今度イラク拘束された人たちは、飛び切り変わった人達だと思っている人が多くなければいいのにと思う。


朝の光の中で■かおる(470) 投稿日:2004年4月10日<土>08時13分/女性
春の明るい暖かい空気が、旅人を誘うのか、早朝にホテルを出て湖岸を散策する旅行者が増えてきた。彼等はジャージーを着ていない、スニーカーを履いていない、地図を見たり、写真を撮ったりしている、からすぐ分かる。
私はいつも深々と帽子をかぶり、人を寄せ付けない暗〜い面持ちで歩き、決して自分からは話しかけない。びわ湖を入れて撮影中のアングルの中に入りそうになったので、大きく迂回して通り過ぎたところ、「気を使わせてしまって、折角のお散歩の」という声がした。おそろいの渋いオレンジ色のジャンパーを着た、年配の御夫婦だった。旅行者特有のオープンな雰囲気だった。「いいえ」とだけではそっけないような気がして、「どちらからですか」と義理のように付け足した。「神奈川県の○○です。」(何処だったかもう忘れている)、「そうですか」と言った後、「楽しいご旅行になりますように」という言葉を飲み込んで、足早に通り過ぎた。オープンになれない自分を感じつつ。
視野の向こうには、朝の眩しい光の中に三井寺から伸びる桜の白い帯が煙っていた。

桜咲く■かおる(471) 投稿日:2004年4月11日<日>08時55分/女性
大阪造幣局の桜の通り抜けで、今年は、369本、121品種の桜が咲いているそうだが、今年の桜として選ばれたのが、『御衣黄』(ぎょいこう)という黄緑色の桜である。桜の通り抜け最新情報はこちら2004_4_11御車返

今年はあちこちでかけているようで、よく桜の咲くシーンに遭遇する。右の画像は、地主神社で咲いている今朝の『御車返』(みくるまがえし)ある。先週の日曜日ははすごい人と車だったが、今朝は、すぐに御車返し(Uターン)が出来るほどがらがら。今年、あなたはどんな桜を見ましたか?


造幣局の桜の通り抜け■かおる(473) 投稿日:2004年4月12日<月>07時22分/女性
2004年の花、御衣黄これが今年の桜、御衣黄(ぎょいこう)。大阪での用事がうまく済んで時間ができた。急遽谷町線に乗り換える。「天満橋」が近づくと、「大阪造幣局、桜の通り抜けにお越しの方ここで降りて、前にお進みください。」とアナウンス。どうせ皆行くから分かるだろうと思った、その通り。案内の貼り紙もべたべた。迷いようも無い。のに・・・・

一つ誤算があった。「天満橋」には、店じまいセール≠フ始った松坂屋があった。このまま素通りするのはあまりに失礼。通り抜け≠ヘ夜もやっていると、女は、デパ地下の人ごみの中に消えていった。たぶん後ろから見たらこんな感じ。危うく行く手を阻まれそうだったが、何とか無事に脱出し本流に戻れた。

実は通り抜け≠ヘ二回目である。最初はたぶんお見合いの相手とだった。土ぼこりと、人ごみと、ぼってりした桜が欝とうしかった事以外の記憶はすべて欠落している。今日は一人でのびのび快適。
この葉っぱの塊のような花。近づくと花なのだが、皆が「ほう、これか」とまじまじと見て写真を写すので?こんなに花びらが乾いて丸まっている。マイクの声で「触らないでください。立ち止まらないでください。」と促されても、花と自分と一緒に映りたいと夢中の大阪人、根性物語ここにも。頭すれすれの桜を堪能した(通り抜けは14日まで)。川岸に3分程度の花を残すソメイヨシノの並木のそばを、駅に向かうと、途中に、地名の元になったのではと思う「桜宮」という神社があり、濃いボタン桜があふれていた。ふと、別の人と歩いた日の事が浮かぶ。最近物覚えが悪くなったと、友人と嘆いているが、この忘れる能力も、生きる力の一つである事を考えれば、むやみに嫌うわけにはいかない。色あせた桜の記憶に、こんな鮮烈な緑色の桜が加わった今年である。


やっぱり虐待だ■かおる(474) 投稿日:2004年4月13日<火>07時06分/女性
上等そうな犬と散歩している人が増えた。よほど可愛いのか、大事そうに、しっかり胸に抱きしめて、ベンチに座っているおじいさんがいた。何かと間違えていない? といらぬことを言いたくなるほど。犬の困惑した顔は私に向けられていて、助けてほしいと懇願している。私の方が若くてキレイで、同じ抱かれるのならこの人にと思っているに違いない。オスだな。

寒い真冬には、丁寧に高価な毛糸の腹巻をつけている犬もたくさんいた。私は、「♪い〜ぬは喜び、庭駆け回り♪じゃないの。あんなの犬に対する虐待よ。」とほざくと、「毛の短い丸刈りみたいな犬は、寒がりなんよ」と教えてくれた人がいた。それで、ストーブの横で、丸まっていたのかと分かったのだったが、今日の場合はちがう。自由に動き回りたいよね、やっぱり。これは虐待よ。やっぱり。  ......そのとき、犬が捻挫していたとか、老衰だったとか、そんなことは知りませんが。


10.000アクセスありがとう!■かおる(475) 投稿日:2004年4月14日<水>06時45分/女性
『談話室』もついに10000アクセス突破!!!!! 
うそみたいです。こんなに見に来ていただけるなんて。本当にありがとう。心からお礼を言います。私の勝手な思い込みとか誤解とか偏見とかを、2000年10月30日から、書き始め気がつけば、通算 901+474=1375回目。いつも来てくれるあなたの力で続きました。自分でも驚き! ふとした瞬間に、言いたい、書きたい、ことは、ホント毎日あります。私だけがおかしいんじゃないかと思うこともある。あなたの思いも聞かせてほしい!
昨日のことはすっかり忘れて、次に進まなければ、世の中は待ってくれないかもしれない。でもちょっと立ち止まって、今日も頑張ります。まだ知らない私の残された人生の最初の朝です。 

薬剤師増殖中■かおる(476) 投稿日:2004年4月15日<木>17時46分/女性
4月に京薬大の学長に就任された西野教授は、微生物学が専門である。私が3回生のときに助手として来られた。お祝いを含めた教室同窓会では、卒業以来の再会の人もいれば、いつもの友もいるが、まだまだ若いつもりの我々が、もう長老に近いところに席があることに全員驚いた。まあそれにふさわしい、頭の男性もいるにはいるし、えらいさんにもなっている。

京薬大は明治3年設立の「京都ドイツ語学校」がその始まりである。その後、薬専をへて大学になるが、何せ卒業生がおおく、関西の病院の薬局長はほとんどが我校出身者で占められていた。ところが、この20年ばかりの間に、新設校出身者が増え、この優位性は崩れ去り、薬局内で、同じ常識が通る安心感が無くなった。

会場内には、在学中あんなに嫌いだった「この常識」が充満していて、安心できるのはなんということだろう。

様々な情報も飛び交う。世の中が騒がしく、まだ、薬学6年制の法案は通っていないが、薬学部新設がいくつも予定されていて、年間の卒業者数が、現在の8.000人から12.000人に増えるというのだ。質が落ちるのか、競争の原理で、よりよい薬剤師が増えるのか私は知らない。現在は不足の薬剤師も、やがて余ってくる。今だって「あそこは若い女性の薬剤師さんが二人いはるさかい。」と鼻の下をドロンと長くしたおじさんがニコニコ行く薬局がある。なんとおぞましいこと。もう私の世代に用は無くなるのか、私は死ぬまで働くつもりなのにどうしよう。(


実行委員会 タテナカです立中 正樹(477) 投稿日:2004年4月16日<金>21時35分/京都府/男性/32才
昨日は、実行委員会お疲れ様でした。伊東さんのホームページ見ました、すごいですね、ぜんぜん素人っぽくないじゃないですか!(僕は謙そんナシのド素人です)
ドイツに詳しそうですね。ぼくも、最近ちょっと興味持ちました、また今度話聞かせてください。
実行委員会の皆さんは頭の回転がよく、考えたことを言葉で表現するのが、上手で、そんな皆さんについていけるか少し不安ですが、役に立ちたいっていう気持ちは充分あるので、がんばります。
では、また次回もがんばりましょう。

Re:実行委員会 タテナカです■かおる(478)立中 正樹さんへ 投稿日:2004年4月16日<金>22時42分/女性
ようこそ立中さん。昨日はお疲れ様でした。京都からだからお帰りが遅くなられたでしょう。
>ホームページ見ました、すごいですね、ぜんぜん素人っぽくないじゃないですか!
ありがとうございます。なにせ独学でやってるもんで、そういう言い方すごくうれしいです。
>考えたことを言葉で表現するのが、上手で、そんな皆さんについていけるか少し不安ですが、役に立ちたいっていう気持ちは充分あるので、
同感です。お手伝いできることなんてあるのかしらと、私はいつも小さくなって座っているんですよ。実は。
たくさんの人が、色々知恵を絞って考えればきっといいものが出来ると思うので、恥ずかしがらずに、たくさんのものをまな板に並べて、みんなのふるいにかけてもらいましょう。息切れしない様に注意して私も頑張っています。

みなさん、日程が決まりました。7月24日〜8月7日。浜大津、明日都で開催です。詳しくは又お知らせします。わくわく 木の遊園地≠ノついて、提案があれば、今ならまな板の上に乗せられますから、素敵なアイディアどんどん教えてね


ハイッ!■かおる(479) 投稿日:2004年4月17日<土>09時50分/女性
土曜日の朝の湖岸である。「ハイッ!」という大きな音がした。いや声だった。続いて複数の子供の弱弱しい「はい」が聞こえた。どこだ? 植え込みの向こうで、男性のリーダーと向かい合った20人ほどの小学生が見える。「ハイッ!」は繰り返し聞こえて、子供の声はだんだん大きくなってきた。ちょっとーぉ 危なくない? と心配性の私はいぶかる。向こうの方で母親が束になって、心配そうでもあり安心そうでもある視線をこの集団に投げかけている。

そういえばさっき、ごみを拾っていた集団がいた。フーン、学校の無い土曜日に、しつけを他人に任せた手抜き母親達だな。さっきの好意的な思いは、もろくも崩れ去る。

前から私はこんな風に思っている。
小学校で、ポイ捨ての缶を拾ってくる課題を出す。登校して、何キロまで拾えばもういつ帰ってもいいとか、定期的に宿題に出すとか。そうすれば、どんなに空き缶が捨てられているか、それがどんなに環境を汚しているかがわかる。「なんでこんな事しんならん。こんなしんどいことかなん。」というくらい作業をすれば、捨てない方がいい事が分かる。回収した空き缶は、積み上げるなり、モニュメントにするなり、換金して、たらふくお菓子を食べるなり、考えて好きにさせる。そして副産物として、「おかあさん、捨てたらアカン。」という言葉も生まれるかもしれない。


ある会話■かおる(480) 投稿日:2004年4月18日<日>06時51分/女性
デパートのエレベーターで「きょうはすいてますなあ〜。」と初老の男性の声がした。私以外に客はいない。何か応えねばならない。突然で、気の利いたことも言えず、「そうですね。今日はどこもがらがらですね。」と答えた、「お天気ええさかい、みんな外へいってはんにゃろかなぁ。」「・・・・」、ほどなく「お茶でもご一緒にいかがですか。」と言われる前に私の降りる階になった。そんな雰囲気はまるで無かったので、取り越し苦労の私も、断る口実を考える手間も要らなかった。降りた後ろでドアは音も無く閉まり、私はまた一人歩き出した。日常に、そうそうドラマは転がっていない。

困ったおばさん■かおる(481) 投稿日:2004年4月19日<月>06時24分/女性
地下鉄の乗り換え駅で、私の乗るべき中央線緑色の丸印をたよりに歩いていた。フト左上方に、緑色の矢印が見えたので、迷わず、切符を入れた。なぜここに切符を入れる機械が設置されているのか、とも思わずに。切符が出てこない。後ろのおじさんの定期券が出てきた。あれッ? 「あのー、切符が出てこないんですが、」と改札口の駅員さんに訴えると「出口ですワ。」、「エッ? 中央線に乗りたいんです。」 彼は嫌な顔一つせず、「向こうで渡してください」と、大きな紙に、○や×を付け、はんこを二つも押して、丁寧に、行く道を教えてくれた。乗り換えのホームまで来たら、「なーんだ、ここだったら来たことあるじゃない」と判明。初めての場所に行くので、緊張して、すっかり初めてのような気がしていたらしい。だんだん、困ったおばさんと化していく自分を、引き止める術(すべ)が無い。

微生物に負けるな■かおる(482) 投稿日:2004年4月20日<火>06時53分/女性
先日の、微生物の会のときに聞いた話である。
地球誕生が46億年前、微生物の先祖が誕生したのが、38億年前、その38億年を一年にたとえると、人の祖先の猿が地上に現れたのは、12月31日の12時34分だそうである。ちなにみこちらのHP「生命の起源」に、一億年を2秒にした画像があり、地球上に生物が現れるのを経時的に見られる。

微生物は地球環境の大きな変化に巧みに適応して、行き続けてきた。彼等の方が強いに決まっている。リボゾームはまさしく微生物由来のもので、微生物から長い時間をかけて、人間に至ったまさに証拠のようなものであるという。

細菌は、一日で72代の世代交代がある。人間の一世代を30年とすると、人間は同じだけ代を重ねるのに、単純に計算してナント、2160年かかる。新しい抗菌薬に対し、菌はあっという間に耐性を獲得できるのである。彼等に比べれば、ほんの洟垂れ小僧であり、お世話になっている我々人間が、菌を殺すなど言う恐れ多いことを考えるほうが、無謀だという事らしい。微生物のような、しなやかで強い人間?になれるよう、頑張りましょう!

洛北修学院離宮の近く、曼殊院に、『菌塚』がある。連休中はたぶんすごい人出だが、行かれたら一度探してみたら。5月の第2日曜日に毎年法要があるという話である。


いつものおばあさん■かおる(483) 投稿日:2004年4月21日<水>07時24分/女性
いつも来る、頑張り屋のおばあさんが昨日は特別の笑顔で薬局に入ってきた。一週間に一度、注射をしてもらって、帰りに薬を貰いに来る。老人は慢性病を一つや二つは持っていて、何種類もの薬を飲んでいるが、なぜか残る薬が出てくる。なぜかではない。薬効を知った上で、分かって残しているのである。是非はともかく、自己防衛とでも言おうか、たくさん飲みさえすれば治る、などと思う人は老人層にも少なくなっている。「今日は残っている分を減らしてもらった。」と自分の意思が伝わったことにニコニコしているのかと思ったら、違った。身体が軽いのだという。

今日初めて、ローラーのついたベッドに寝て、機械で首のマッサージも受けたのだそうだ。その後、看護婦さんに手を引っ張ってもらわなくてもベッドから一人で起き上がれた。とうれしそうに言う。さらに、来るときは、車を押して、重い足を引っ張って来たのに、今は軽々歩ける。「帰りに、菱屋町へ行って買い物して帰ろ。」と大胆な発言が続く。さっさと歩ける、それだけでこれだけの感激を味わえるほど、毎日が苦しかったのだろう。

「よかったですね。でもあんまり調子よくって、走ってころばんといてくださいね。」と私が言うと、「ほんまや」とおばあさんは答え、その後、二人で顔を見合わせ、コロコロと朗らかに笑った。


いいなぁ■かおる(484) 投稿日:2004年4月22日<木>08時07分/女性
晴れるととても暖かくて、汗ばむほどねぇ。桜が散ったと思ったら、山の深緑の中にどんどん、薄緑が増えてきた。若葉がどんどん萌え出し始めている。どっか行きたいな〜。     と思っていたら、昨年末、私が行ったと聞きかじった友人から、「連休にソウルに行く。何か耳寄り情報ない?」ってメールが来た。この『談話室総集編』2003年分を紹介。韓国関連のHPのURLも紹介した。お役に立ててうれしいです。他にも一人行く友人がいる。私の友人薬剤師が、3人が同じとき同じソウルにいる。みんな行くんだ。いいなぁ〜。新しいレポートお願いね。

文は人なり■かおる(485) 投稿日:2004年4月23日<金>06時22分/女性
薬の増量に関して、「・・・・・・患者は薬品情報より、肝機能障害の恐れありと、薬を一日おきに、服用せしが、本日数値が上昇するによって・・・・・・」こんふうな文語調の問い合わせファックスが来た。

たちどころに、筆者が若い薬剤師でないことは判明せしものなり。ドクターの返事を、FAXするにあたりて、このような文体にて返事すべきかと、思案するも、へたに怒りをかうも良からずと、「前回の処方通りでお願いします。」と返信したるものなり。^^。


Re:文は人なりpure(486) 投稿日:2004年4月24日<土>11時26分/大阪府/男性
最近の若い人たちの言葉遣いをなにげに聞いていると訳のわからないものの多さにまじ驚きます。
 あわせてしゃべるのはきしょいし、年甲斐のなさがいかにもしょぼいかぎりです。

 周りにいる若人(わこうど)はかつてのわが姿かと思うとその軽薄さをただ笑うのも芸のないことです。
 文語調(古語?)の言葉遣いもその人にとっては現代風なわけです。それはそれでさらに昔の世代からは片腹痛しと一刀両断かもしれませんしねぇ。

 五十路を越え確かに思うことの多い今日この頃です。^^

かぜ?■かおる(487) 投稿日:2004年4月24日<土>14時03分/女性
昨夜は寒かった。帰宅したら、体中が触ると痛くて、ヨン様のTVも見ないで寝てしまった。今朝になってもだるさが治らない。ずーっと、眠り続けている。熱も37度を越えた。いったい何なのだ〜。

携語■かおる(488) 投稿日:2004年4月25日<日>08時44分/女性
うー、参った。またもや38度の熱とは。これはやばい。私はちょっと寒いと思ったが、身体はチョー寒いと思っていたらしい。温度センサーが錆びている。ここ数年、身体と感覚の関係性が、かなりぎくしゃくした状態で、その差をうまく調整できんくなったのだろうか。できんくなったご愛用の、女子高生のけばい化粧、ミニスカート、ルーズソックスは、もはやZ高校をも侵蝕してスタンダードというべき状態である。

pureさんのまねして書いてみてふと、気がついたが、こう言わねば、彼等は心を言い得ないからではなかろうか。今まであった言葉では物足りない。短く言い切いきりたい。ごちゃごちゃした感情は含まない、そんなものは必要ない。と言いたげである。時代の要求なのであろう。こんな風に呼べばどう? 携帯愛用世代の言葉、『携語』あるいは『帯語』。文語、口語、と並ぶにはいささか力不足だが。

恥ずかしくても、多少きしょくても、使ってみると若者の心が分かるかもしれない。同じ言葉を使っていても難解な、年かさの人の心はどうしたら分かる? 年齢を問わず、多くの人の心がシンプルになってきているような気がする。

私のかぜは、一日寝たらもう治った。若いときのようで、めっちゃうれしい。


第二回ウィルス騒動■かおる(489) 投稿日:2004年4月26日<月>16時39分/女性
相変わらず毎日、ウィルスを載せたメールが届く。初めて貰ったときは、「開けてみたい」気持ちが、理性を超え無いように、努力したものだが、こう毎日では、うっとうしいだけ。全然ドキドキしない。捨てる作業の機械的な指の動きが少し狂って、開いてしまった!大変だ〜!ウィルス撃退ソフトを更新していない。3年余り前のあの日がよみがえる。知り合いの「中年メール初心者がまあ、添付文書付きのメールなんて、そんなことがちゃんと出来るようになったの?」と開けてしまったあの日。

その頃よりは賢くなったはずなのに、またこんな事態を招いてしまった!!! 前は、「あやつめ〜」とうらむ対象があったが(その人の反応は無かったが)、今度は完全に私が悪い。この怒りの持って行き場が無いので、もしや、ウィルス撃退ソフトを売っているヤツが、ばら撒いてんじゃないのと狭量になる。

何が起こっていようと、PCはそ知らぬ顔。ウィルスに笑い声が仕組んであったりしたら、ホント怒るよ!

冷静さを取り戻し、ダウンロードしたソフトで調べたら、結局一匹も居なかった。安堵が私を包み込む。一度は間違っても、二度と同じ間違いをしてはならない。あなたもくれぐれもご用心。疲れたとき、酔っ払っているときには、PCから離れましょう。老婆心ながら申し上げます。(-_-)


健康のために・・・■かおる(490) 投稿日:2004年4月27日<火>23時58分/女性
80歳を越えるともうこの人は死なないんじゃないかと思える程、かくしゃくとした元気な人が目立つ。そういう人は、少し話を向けると必ず言う。「お薬だけに頼ってはダメ、色々な本を読んで、自分で自分の身体のために何かをしないと。」そして「私は、○○をずーっとしています。」自分の病気に関する薬や手術の知識も豊富。自分はダメだ等と気弱なことは言わない、ある意味頑固者。自分が健康でいなければ困る誰かが居た、悲しい歴史も持つ。そして、杖など絶対につくものか、という『エエカッコしい』でもある。外面だけかもしれないが・・・・。

20年気功を続けているおばあさんが言っていた。「そら、心筋梗塞したさかいや。死にかけたから・・・・」みんな薬は数々飲んでいる。それがたとえ痛み止めであろうと、やっぱり、薬がその人の正常な思考や生活の杖の代わりになっている事に疑いは無い。


連休は○○日和■かおる(491) 投稿日:2004年4月28日<水>23時52分/女性
いよいよ連休だ〜〜。そう思っただけで、もう気も口元も緩んでしまう。

「連休は、行楽日和、洗濯日和です。」とアナウンサーが無表情で話している。行楽洗濯とを簡単に並列にしないでほしい。行楽に行きたくても様々な理由が、洗濯に引きずり込む。行楽洗濯では、心的状態において差がある。なんて言わなくても分かるよねぇ。内容違うよねぇ。でもこういう手がある。行楽に行って、命の洗濯する。命を洗濯しなきゃならないような暮らししている人は、今時居ないんじゃない?最近聞かないよこういう言い方。

まあともかく、お掃除、お掃除、いつもサボっているから、連休くらいちゃんとしないと。なんてエライ!と感心しているのは私だけかなぁ?
あなたの連休は何日和?


いているぅ!■かおる(492) 投稿日:2004年4月29日<木>23時52分
今日の大津市内の道路状況はきわめて良好。というより、すいている。なぜだろうと不思議だったが、分かった。みんな海外に逃げ出したわね。その人たちは、つつじが咲き乱れる、こんなにキレイな五月晴れを同時には味わえない。ザマーミロ!昼間は暑いが、朝晩は冷える。お身体に気をつけてね。年をとると、季節の変わり目を乗り切れなくて体調を壊す人が多いですぞ。「そんなもん関係ないわ」という方は遊びすぎにご注意を! しみ、そばかす、しわは、今多い紫外線が大好き!

つつじ満開の湖岸■かおる(493) 投稿日:2004年4月30日<金>07時32分/女性
つつじのきれいな朝の湖岸は明智左馬之助「湖水渡りの場所」右下画像、朝日を受けた、つつじ満開の湖岸を比叡山に向かって5分ばかり歩くと、やがて、左上の浜大津港、琵琶湖ホテル前に着く。

今朝の太陽はもう高々と昇って、眩しい。空気は冷たいが、汗ばむ額には心地良い。右下画像の中央あたりに、石の柱が見えるのが分かるだろうか。表面には『明智左馬之助 湖水渡りのところ』と書かれている。

傍らの立て札が、「天正10年(1582)6月2日、明智光秀は主君織田信長を本能寺に攻めて自害させ、天下を奪ったが、山崎の合戦で秀吉に敗れ、その野望は消えうせた。
光秀の弟左馬之助光春は、信長の安土城を攻めていたが、兄の死を聞いて急ぎ坂本城へ引き返す途中、打出浜より、路を湖水に求め愛馬にまたがりびわ湖を渡り坂本に帰った。
しかし時すでに遅く秀吉の軍勢に囲まれ、6月14日、光秀の妻とともに、城と命運をともにした。湖水渡りの勇姿は今も講談などで語り継がれている。」
と教えてくれる。

それが事実なら、左上画像の湖水を右から左に移動したことになる。私の住む、打出浜は、木曾義仲の古戦場でもある。そんなことは微塵も思い出させない、犬に向かって語りながら散歩する人の行きかう、おだやかな朝の湖岸である。


04/4/01▲04/4/30     『談話室』総集編トップへ