『談話室』 総集編   11月分(04/11/01〜04/11/30▼      

悪徳メール?■かおる(669) 投稿日:2004年11月1日<月>07時03分/女性
毎日、数通のウィルス付きのメールが舞い込む。寒くなってちょっと増えてきたかな、と言う事はないが、どうも、メールが引っかかっている様子なので、『■orton AntiVirus』の中の、「■orton AntiVirus△は不必要な電子メールや、迷惑な電子メールを見る前に除去するのに役立ちます。」というブロックを解除すると、入ってきたメールの件名は■orton AntiVirus 2004 - 75%off≠ヌうやら外国からのようだ。このメールの内容を知って、ブロックしたのなら、さすがだが、本当のところはどうなんだろう。いくらお得でも、今はいらないので、見ないで捨てているが、転送を希望する方はお申し出ください。今度来たら、送りますよ。

夜回り先生の話■かおる(670) 投稿日:2004年11月3日<水>06時45分/女性
なぜか眠れなくて、というのは前日雨で終日ぐずぐず眠っていたからだが、TVをつけると、ETV特集『生きるってそんなに悪くない』というのが始まったところだった。話している人を見たことがあったので、つい見てしまい、睡眠不足、内容も重くて、翌日しんどかった。ご存知の方はあるだろうか。この水谷 修という高校教師は『夜回り先生』と言われ、夜の巷をうろつく子ども達に、「家に帰ろ!」と話しかけてもう13年になる。きっかけはシンナーを吸っていた一人の少年の死であった。これは「薬物依存症」という病気であり、心だけで治せるものでは無いと初めて知ったという。各地から講演の以来があり、少年少女がなぜこうなっていくのか、細かく語っていた。

子ども達は、昼の世界でいじめられて、居場所が無くなって、夜の世界へ来る、来たくて来るんじゃない。売春はお金目的でやっているのではない。7,8割は、やさしくしてもらえるから、昼間何をやっても、けなされ褒められない。自分が価値のない人間だと思っているのに、夜の世界では、やさしくしてくれる人が居る。それは金になるからだ。彼等はそれを知らない。

今の世は攻撃の社会。「社会のストレスが親に、親のストレスが、子ども達に降りてきている。」私も、塾をしているとき、そんな風に感じていた。子ども達はパンパンになって、リストカットするんだという。「死にたいという言い方でしか、生きたいと言えない」のである。2月に本を出して、それ以降「助けてくれ」というメールが今までに33,000通が来たそうだ。今も毎日平均150通。電話もかかる。何でも満ち足りて、あまっている世の中で足りないものがある。『愛』である。でも人に言われなければ、親がそれに気付かないってちょっと悲しい。

先生は言う。信じることを怖がってはいけない。騙す大人は少数。圧倒的に良い大人のほうが多いと。「信じるな、世間にいるのは鬼ばかりだ。」と私なら言ってしまいそうな気がするのだが。


冠たるはルイヴィトン■かおる(671) 投稿日:2004年11月4日<木>05時29分/女性
約一ヶ月前、大阪駅前ビルに新しいブランドショップ街がオープンしたと報じていたが、用事をすませて少し余力があったので、行ってみた。まだ私と同じように、ツアー風に廻っている物見遊山のおばさんも居るから、いつもなら気後れする店にも心置きなく入れる。二階へかけて縦に展開しているルイヴィトンの店が一番込んでいる。

見かけは汚くてもレア物とかビンテージとかってヤツかもしれない、見るからに汚いジーンズの若い女の子が、洋服を手にとり、買おうとしている雰囲気。私がほしいと思ったスニーカーは56,000円だった。イチローはアシックスで特注の高価なシューズを毎シーズン何十足もはきつぶすそうだが、それとは意味が違う。この間バーゲンで見た、同じくアシックスの20,000円のスニーカーが、えらく安く思える。皮の使用量を考えれば、断然勝ちのブーツだって、56,000円出せば、そこそこましなものがある。ルイヴィトンは大勢の人が持っていて、それほど希少価値があるとも思えない。商品は良いに違いないが、なぜそこまでの値段をつけることが出来るのか、驚き、疑問に思う。一つ分かる事は、ユーロがドルに比べて高いことであるが、私にはどうも、この店の値札を理解するセンスが欠けているらしい。


新札見た?■かおる(672) 投稿日:2004年11月5日<金>06時46分/女性
新札の顔を見た人いますか? 見るたびに、「我が家にお出でになった。見たぞー」とメールくれる人が居るが、やけに派手だという。1日には、久しぶりに2千円札を見たが、私はまだ。女性として初めて選ばれた樋口一葉はいくらのお札かしら。そのうち、イヤでも見られると、はやる心を抑えているが、実は見たい。私は、クレジット決済で、現金をあまり持たない習慣なのではなく、持てないだけなんだけれど、あの人は、なぜそれ知っているのだろう。あなたはもう見ましたか?見たら感想聞かせて。

本当に、はやってきました■かおる(673) 投稿日:2004年11月6日<土>07時43分/女性
巷で「インフルエンザの注射を・・・・」という話をよく聞く。最高の力は、注射後1ヶ月、賞味期限は3ヶ月程度らしい。この注射、時価である。4.000円だったり、2.500円だったり。またあるところには、あるが、数少ないというところもある。我々はインフルエンザ最前戦の兵士みたいなものだから、常にその脅威にさらされている。しかし、会社で無料で注射をしてくれるところも、してくれないところもある。「紺屋の白袴」は何処にでもある。
私は常に、うがい、手洗いを欠かした事が無いのに、トホホ・・・・・。風邪である。喉が痛くて汗が出てきた。いつもの葛根湯大作戦。ついでにビタミンCも大量に飲んで、暖かくして、ぐっすり寝たら、どうやらうまくUターンしてくれた。もしも、あなたも「アレッ? 風邪?」と思ったら、お医者に行くことが出来ないほど、忙しい場合、ごく初期のみ、これで治して。でもタイミングを逃したと思ったら、直ちにお医者に行って抗生物質貰ってください。風邪は万病の元です。「お大事に!」 あっ、元気だった? 失礼。

パソコンこうたんや■かおる(674) 投稿日:2004年11月7日<日>03時22分/女性
父が、ついにパソコンとインターネットの聖域に踏み込んだ。4年前に、インターネットに夢中になっている私に、軽蔑と、怒りをあらわにしていたのに。一度は、ヤフーから送ってきたモデム(どうやら、ブロードバンドが始まった2年前頃に、町で出来るかどうか調べてあげると言われて、私が実家の電話と住所を書いたらしい。)をも鼻であしらって、送り返したのに。

ことの始まりは、父愛用の古いワープロが壊れた事だ。 私が98年に最初にPCを買ったのも、やはりワープロが壊れたからにほかならない。PCの方が便利だと、最大の親切心で、口をすっぱくして語っても、耳を貸さなかった頑固親父だ。

最初に買ったワープロは、今のPCより高かった。その東芝も先ごろワープロの生産を中止し、世の中が変わってきたことをやっと認識したらしい。シルバー世代が怒涛のようにPCに参入している。

私は、このチャンスの逃してはならじと、仰せの通り細かくインターネットで調べあげた。そうこうして・・・・、電話で突然「パソコンこうたんや。」である。見に行けば、ディスクトップのスイスの風景が、時間と共に、変わって行く。夜には真っ暗な中に、教会がライトアップされている。無線でインターネットとつながる。DVDだって出来る。テレビも見られる。その上60GB。9月発売の最新機種で、見ていたのと全然違う。猫に小判じゃ!初心者に、こんな贅沢させていいんかい!私は、これからくり広げられるであろう、ご飯を餌に呼び出され、PCなるものの説明を細かくしているシーンを思い浮かべて、身体の力が抜けていくのを感じていた。


どう呼ばれようと・・・■かおる(675) 投稿日:2004年11月8日<月>00時12分/女性
入院中、看護師さんに「看護婦さん」と何気なく呼びかけて、ムッとされたらどうしよう、たとえ「患者様」と持ち上げられようと、私は弱みを握られている病人である。オドオドと、様子をうかがっていたところ、看護師さんが「何かあったら、看護婦を呼んでくださいね。」と私に言った。よかったぁ、まだ看護婦さんと呼んでも許してもらえるのだ。執行猶予期間かと、それからは、誰はばかることなく、看護婦さんと呼ぶことにした。看護師さんと呼ばれると、どんな気持ちがするのか、一度聞いてみたい。

以前、一流の大会社の研究室で、社員が役付きもヒラも全て、「○○さん」と呼びあっていたのをとても好ましく思ったが、小さい会社では大体「□□課長」とか「△△主任」とかが普通だ。我々薬剤師も卒業後しばらくして「○○先生」と呼ばれることが多くなり、それが主流になりつつあるが、「□□課長」とか「△△主任」とかの会社では、「○○さん」と呼ばれることが多い。はじめはどうでもいいと思っていたが、「○○先生」と呼ばれると、なんとなく責任を強く意識する。「○○さん」と呼ばれると、同僚としての親愛の情が生まれるかわりに、あまり気持ちは引き締まらない。呼ばれている方はともかく、「先生」でも「さん」でも、言う方の気持ちはあまり変わるとも思えない。「先生と呼ばれるほどの馬鹿じゃなし」という川柳(こんな解釈をしたHPがある)もあるが、常はあまり深刻に考えないことにしている。どっちにしても、呼び捨てにされるよりは良いし、中身は変わりようも無いのだから。


RE:どう呼ばれようと・・・pure(676) 投稿日:2004年11月8日<月>10時37分/大阪府/男性
>「先生と呼ばれるほどの馬鹿じゃなし」
 ひとを『先生」と呼びたい時は確かにあります。それは感謝と感動・感銘を受けた時なんかです。その人の中に無私無欲な心の輝きを見たからです。

 習慣的に『先生』と呼ぶ職業もありますが、そこには惰性しかありません。
 時には、呼ばれる値打ちのない人、逆にその名を汚すようなことを(不幸にも)仕出かす人もいます。
 そう呼びたいからではなくそう呼ぶ習慣のなせる悲喜劇です。

 ひとを『先生』とおだて上げる連中もいます。どこぞの木にでも登らせたいという下心からのことでしょう。

 猿カニ合戦の猿は・・・、この猿の役回りをどう考えるか、結構これも面白そうですね。^^;

先生はどこにでも■かおる(677) 投稿日:2004年11月9日<火>09時20分/女性
昔話は、確かに「先生」の意味があるわね。でも山の猿と海のカニが同じ場面で登場するのも考えてみれば不思議な気がする。何なんだろうこの意味。カニと言えば、松葉カニが解禁だとか。豊岡で、まだ避難生活をする子どもも居る学校で、給食にカニのサービスがあったそう。ものすごくおいしそうに食べていましたよ。神戸では避難生活の写真展が開かれているとか。

私には、何事も無いのに、まるで何かあったかのような、部屋の中の散らかりを、片付け始めた。物は壊れる、仕方が無い。と言えるのはまだ心が壊れていないから。地震は、物を壊したに過ぎないかもしれないが、今まで生きて築いてきた『もの』が具現化したのが家だとすると、それが壊れるのは心が壊れたと同じかもしれない。まして、非難する相手がいないのだから、その感情の行き場が無い。運命だと諦めることが出来る人は居るだろうか。いたるところに、人生の「先生」は居る、あるいはある。私もやっとそんなことが考えられるような健康状態になった。ビタミンCがよく効いた。風邪は治癒! 


おばあちゃん(678) 投稿日:2004年11月9日<火>21時12分
先日、主人の体の調子の悪いことで市民病院へ。
「かおるさん、いはるやろか?」なんぞ思って探してみたが、見つからず。

子供連れで、行ったので(幸いにも、あまり騒がない子供なので)
高齢者には人気でした。
ふと、レントゲンを撮りに行く時に廊下を通っていると・・・
面識のない「おばあちゃん」が話し掛けてきたんです。
「私も、この歳になって、病院通いやわぁ」・・・
(あれ、知り合いやったけな?はて?やっぱ知らん。)
でも、すぐにこう言ってくれたんです。
「小さい子は育てるの、大変やろう。うちらも大変やった。
アンタ、まだ若いから、がんばれるなぁ。がんばりや」と言って
ポンポンと肩をたたかれました。

最初は「???」でしたが、後から
「あぁ、こう言うてくれる人もいるんやなぁ」とありがたく思いました。
なかなか、励ましの言葉を口に出して(偶然でしたが)くれる人って
いないもので、知らないおばあちゃんでも何だか、嬉しく思いました。
わたしって、道端でもよく道を聞かれるようなタイプの人間なので、
アドバイスももらえるんだな、と少し「ラッキー♪」って思いました。
人間、前向きが一番ですよね!

何気なく・・・■かおる(679) 投稿日:2004年11月10日<水>21時05分/女性
蘭さんのようなケースを「ふれあい」とでもいうのでしょうが、この言葉、あまりにもお手軽で、ちょっとなじめない私です。わざわざ「ふれあい」と題名をつけたりしないで、何気なく、受け入れ、蘭さんのように楽しめばいいと、そんな気がします。

私もあります、そんな経験、いくつも。一つ、聞いてくれる?
数年前、夕方のあるスーパーのお惣菜コーナーでのこと。目の前で値段が下がり始めた。たたずんで思案していると、「これ美味しいえ。」と声が聞こえる。隣に居た見知らぬおばあちゃん。「そやけど昨日こうたし、今日は買わへん」、「こっちは冷蔵庫に入れといて次の日、チンして食べると又美味しい。」と量の多いものが残った場合の指南までしてくれる。聞きもしないのに、私の好みなんて知らないのに、そんなことお構いなし。
近所に一人暮らしで毎日来ているらしい。賢い消費者の、積み上げた生活の知恵をひけらかしたかったのか、会話したかったか? いやきっと、言わずにはいられないほど、私は馬鹿な買い物をしそうな雰囲気だったに違いない。見張られては居なかったが、私はお言葉通りのお惣菜を買った。

価値観が人によってそう違わなかった世の中と違い、ちょっとした言葉が命がけのような世の中だ。でも声をかけられたら、「ほっといてよ」とムッとしないで、「ラッキー♪」って思う余裕ほしいね。一緒に笑えればもっといいね。与えないで与えてほしいばかり、文句ばかりの人が増えたなぁと、病院で感じているこの頃、おせっかいなおばあちゃんや若い蘭さんのような人が居るって救われる。ありがとう、いいお話聞かせてもらいました。


今年も注射の季節■かおる(680) 投稿日:2004年11月11日<木>21時18分/女性
あなたはもうインフルエンザの注射しましたか? 私は今日しましたよ。
一旦納まった風邪が、またぶり返したのか、新手の菌にやられたのか、今一すっきりしない。こまごまとした説明の中に、「風邪の引き始めのときは、注射を見合わせるように」と書いてあったが、治りかけだからいいだろうと、注射してもらった。効き目は1ヶ月目がピークで3ヶ月たてば、効き目はかなり薄くなるとのことだから、注射のタイミングも大切みたい。でもここだけの話、去年の冬は、注射後、2ヶ月目くらいで、風邪でダウンしたから、この噂も信じていいのかどうか。ともかく週末は寒くなり、紅葉が進むのが期待できそう。今年の風邪は、喉の痛みから始まっています。ご注意を。元気な人は、坂本のライトアップにでもどうぞ。昨日から始まっています。

芸術の秋■かおる(681) 投稿日:2004年11月14日<日>17時30分/女性
風邪がすっきりしないのに、「芸術の秋」の週末を堪能していた。土曜日は一日ロウの花を教え、夜はいつもの露天風呂。日曜日は、朝から紅葉真っ盛りの信楽、陶芸の森で開かれている『ロイヤルコペンハーゲン展』の最終日に駆け込み鑑賞して、いつものお茶屋に立ち寄り、お昼ご飯ををスイスレストランアルピーナ(信楽のページ)で、午後は近くの琵琶湖ホールでのフルートとハープのデュオコンサート。ここではしっかり睡眠をとり、元気回復。予定をクリアーしてやっとホッと一息。
今日は高校の同級生とばったり、信楽のお茶屋さん(ここで)でも、コンサートでも。「芸術の秋」しているの、私だけではない。あなたもアートしていますか?
でも不思議、仕事だと毎日くたくたになるのに、どうして、遊びだとこんなに疲れないのだろう。こうして苦労して、元気を取り戻しても、また明日は病気になる。なかなかしつこいこの病。病名は『月曜病』。

よく遊べ■かおる(682) 投稿日:2004年11月16日<火>06時33分/女性
久しぶりに、遊びに行ったので、元気回復! 生活に遊びがなくなると、心にも遊びが無くなり、一切が窮屈になる。車のステアリングに遊びがなければ、運転は大層難しいものになるだろう。

『木の遊園地』の言いだしっぺの一人だった、75歳のおばあさんが突然亡くなった。「もう、来年は無理、経済的にも、身体の面でも」と、私に文句の電話をかけてきたときに、言っていた。本当だった。でも、実行委員長には、その前日も「戦争体験を語り継ぐ会」の戦後60周年記念のイベントをやろうと、電話がかかっていたそうだ。電話といちゃもんが大好きで、皆を困らせたおばあさんだった。バスに乗りに行く途中で胸が苦しくなり逝ってしまわれたのだが、委員長が言うように「ええ、死に方やなあ」と私も思う。私は病気にはなったが、死なずに、元気を回復できて、良かったと思うべきなのだろう。わたしも、このまま元気に、死ぬまで働けるだろうか? よく働くためには、よく遊ばねば! 「ええ死に方」のためにもよく遊ばねば! バランスよく生きて、よく働いて、逝きたい。


敬語の使われ方■かおる(683) 投稿日:2004年11月17日<水>23時01分/女性
「敬語が使えない若者がすごく多い。」これは自分が敬語を使ってもらっていい年齢である。あんたは私に対して敬語を使うべきだという、代わりの言葉かもしれない。昔若いとき、思ったものだ。年取っているという理由だけで、どうして全ての年上の人を尊敬しなければならないのだ。しかし習慣的に私は、年上の人には、よほど親しくならない限り、硬い敬語を使ってきた。でも、今の若い人たちは、私を尊敬していないのか、親しみを込めているのか分からない、ものの言い方をする。

馬鹿にされていると解釈して、尊敬に値するような練れた人間になるべく努力などすれば、もっともっと、彼等から遠のきそうな気がする。かといって、親しんでくれていると思って、同じような言い方をすれば、自分が堕ちたような気がする。私だって、「全然かっこいい」などと使うのだけれど・・・・。彼等は私が戸惑っている事など知らない。

多分私が、私の等身大に認められていると、感知できればこんな事は考えないだろう。しかし厄介なのは、自分の思っている等身大と、人が見る私の等身大が違うことである。

しかしこの言葉、どう思う? 「続けて飲まれてくださいね。」 イエスも言ったという。「はじめに、言葉ありき」と。心あっての言葉だと思う。しかし、患者さんの殆どが高齢の人なのに、この言葉をおかしいと言う人はひとりもいない。結局言葉などどうでもいいのだろうか? 患者さんは、大人だからか。私が青すぎるのだろうか。「若い人に誰も教えてあげないから、マナーが分からないのだ」等と豪語するくせに、じゃりじゃりする心を抱えながら、このことを口に出す勇気は、私には無い。


訂正された処方箋■かおる(684) 投稿日:2004年11月18日<木>21時55分/女性
おじさんの持っている処方箋に、訂正のはんこが一杯押してあるのが、遠目に見えた。「薬の変更があったんですね。」と言うと、おじさんはニコニコして、「インスリンがいらんようになったんです。」とうれしそうに言った。「食事のカロリー制限して、甘いもの止めて、お酒は飲みますけど、毎晩30分歩いています。」、「すごい!! 良かったですね。」、「一月止めてみようということで」今日はインスリンが消され、糖尿病の薬が一種類だけ処方されている。挫折する人が多い中、このような人は珍しい。身体もすごく楽になったそうだ。すんなりスリムで、足取りも軽く帰っていった。自分の病気に苛立ち、悪態をつく中年晩期のおじさん達に比べ、ナント輝かしい笑顔だったことか。健康な身体にふさわしい、健康な笑顔。キラキラ輝いていた。

若者を追え!■かおる(685) 投稿日:2004年11月19日<金>19時56分/女性
病院の待合室で、お化粧する女性を見てしまった。そんなもの今頃めずらしいの?とお思いだろうが、年が違う! 私ぐらいの人が、鏡を覗き込んで、マスカラを丹念につけている。確かに、待合室では時間をもてあます。窓際のように明るくないし、町の医院と違い、週刊誌等の雑誌も無い。なかなか巧みな時間の使い方かもしれない。パーマの当たったくりくりの茶髪に、黒のパンツと上着で決めて、ゼブラ柄のスニーカー。若作りをより完璧なものにするためには、なるほど生態も取り入れるべきなのかもしれない。年を取るほど、身奇麗にしているのは、悪くないよね。

片や霜降り頭のおじいさんが、ケータイを覗き込んでメールの製作中。みんな負けてはいないよ。中年諸君! 頑張ってる?! 年寄りの冷や水という言葉がもれ聞こえてきたとしても負けないで!


Re:若者を追え!pure(686) 投稿日:2004年11月20日<土>10時08分/男性  
>中年諸君! 頑張ってる?! 
ビートルズのコピーバンドを始めてから改めて気づきました。

 『世の中、新しいものなし。』と。
 
 ビートルズの音楽はシンプルとはいえ現在のポップスはビートルズから一歩も先へ進んではいないように感じます。
 これはバッハ、ベートーベンやモーツァルトがいまなお輝き続けていることと同じかなと思います。

 「最近の若者は礼儀知らずで早熟で、これでは先が思いやられる・・・。」と言った人がいます。ソクラテスの時代のことですが。

 追うべき若者?

 あはは、そんなものはおりません。(きっぱり!)

 おられるのはひたむきに<わが道>をあゆまれる真摯な方だけです。

 


風邪だょ■かおる(687) 投稿日:2004年11月23日<火>11時40分/女性
先々週の風邪、それに続く過密スケジュール、やっと開放されて、土曜日にゆっくり眠っていたら、今度は実家の両親が次々と風邪を引いてくれる。油断も隙も無い。インフルエンザの予防注射はそつなくしているが、私が、あちこちの医療機関で雑多な菌を身に着けて帰ってきて、出入りするから、ちょっと責任も感じる。こういうとき、医療関係に従事していると、使いでがあって、便利だねと、声無き声が聞こえる。いつまでも若者の真似をしているわけにもいかないが、体力はつけとか無いと、風邪だからいいようなものの、介護ってやつは、かなりのもんだからね。

人生は<わが道>なのか、<誰が道>なのか、人なら誰しも、この二重螺旋の道を行くものなのか。歩くのか走るのか、とりあえず、今朝も木々が紅く染まった、琵琶湖岸の道を歩いてきた。紅葉きれいですね。あなたの周りではどうですか?


夜ごはん■かおる(688) 投稿日:2004年11月25日<木>00時12分/女性
「夜ごはん」という言い方が、市民権を得たようだ。部屋の消臭剤のCMで若いお母さんが言っている。私は、「夕飯」か「晩ごはん」と言う。思えば10年ほど前、塾の中学生が言ったのを聞いたのが初めてだった。国語が苦手だったからだと、思っていたが、小学生が、次々に言うのを聞いて、これはヤバイ!と悪い予感が走った。

分かれば、そんなことどうでも良いようなものだが、文化とでも言うべき、色々な事を、家庭で矯正される機会が無いのであろう。同様に、大人になっても、鉛筆の持ち方も、変な人を時々見る。正しい持ち方で鉛筆を使えば、力が一番要らなくて、文字が早く書けて、授業をしっかり聞く余裕が出て、成績が上がる。と書いた、小学校の教師がいた。

時代も変わる。そんなことどうでもいい。昔の「晩ごはん」に比べて、今の「夜ごはん」は内容が随分と贅沢になって変化したから、言い方も変わったのかもしれない。気にしないことにしている。と言いつつ、こだわっている。なんだか耳障りな「夜ごはん」。

薬剤師の性■かおる(689) 投稿日:2004年11月25日<木>22時30分/女性
つくづく思うが、薬剤師はまじめである。ドクターの処方通りに調剤することが任務であるから、いらぬことを考えてはいけない。

薬の添付文書にもいたって忠実である。処方の内容が、添付文書に沿っていなければ、どうしても納得がいかない。自分の調剤した薬がどんな風に効いているのか、そんな事は分からない。人によって生活習慣は違うのだから、同じ薬を同じように飲んでも、同じように聞くとは限らない。副作用だって出る人も出ない人もある。同じものを食べて食中毒になる人とならない人があるなんて事はすっかり忘れている。

患者さんに何か異変があれば、きっと副作用に違いないと、調べまくる。患者さんのためにというより、薬の作用を確認するために。そして、求めている事象が記載されていればホッとする。でもよく読めば、あらゆる副作用の出現の可能性があるのに、そんな事はお構いなし。ドクターにこんな状態なのに、このまま処方して良いのかと迫る。大抵ドクターはノタマウ。「分かってやっているのだ。」と。「その副作用と病気を治すのとどっちが大事だ。」患者さんと接する日々がまだ浅い町の薬剤師はこのようなことに慣れていないからだと、こう言ってくれるドクターはまだ誠意が感じられる。毎日、こんな重箱の隅をつついていれば、大きな所に焦点が合いにくくなる。こんなに薬剤師はまじめである。そして融通が利かない。薬剤師は、嘘をつかない。いえ、つけない。これは薬剤師の性(さが)である。


副作用pure(690) 投稿日:2004年11月27日<土>10時43分
薬に副作用はつきもので残念ながら必ず一定の割合で出現します。

 出現はある程度予測は可能ですが、悲しいことに出る出ないは飲んでみないとわからないという面があります。

 身体の状態や他の薬との相互作用は十分考慮されないといけませんが、それでも副作用の出現は予測不能です。

 それを承知で薬を出さざるを得ない医者家業は毎日が胃の痛くなるような人生です。
 処方箋を通して薬剤師さんがその戦線に参加してくださっているのはなんとも心強い限りです。

 薬を飲んで少しでも体調が悪いと感じた時にはできるだけ早く病院へ行かれるのをお勧めしたいです。

お教室・狂想曲?!(691) 投稿日:2004年11月27日<土>20時46分
かおるさん、こんばんは。
今日は、子供つながりのお母さん友達についての話です。

子供が2歳になり、周りのお母さん達は幼稚園選びに困っているようです。
私自身は3年保育育ち(京都市)なので、迷いもなく3年保育へ。
しかし、中にはお受験目指すか!って人もいるんですね。
そんな友達の一人に「一緒にドッツやらないか」っていわれて
その人のうちに遊びに行きました。

いそいそとカードを出してくる、その友人は自慢気に、こう言うのです。
「うちの子はねぇ、数字が分かるのよぉ」と。
(へぇ〜へぇ〜へぇ〜、と心の中でボタンをたたいていました。)
いざ、一緒にさせてみると・・・・。

お友達の子供さんは、ポケーっと見ているだけです。
言葉すら発しません。
お母さんは「どうしたの?!なんでしゃべらへんの?!」と顔面蒼白気味。

うちはドッツではなく、公文式のカードで遊んでいる程度。
ウチの子供 「え〜と〜 にぃ!(2のカードをみて)」と。
お友達の子供 「・・・あ〜 いち、にぃ。」
私 「あぁ2人とも、すごいね〜。よくわかるのね〜。かしこいなぁ〜」
お友達の母親 「いつもは、もっとはっきり言うでしょ!(怒)」

とにかく、部屋には知育玩具や教材がいっぱい。
でも、ナゼかキレイ・・・??
毎日、少しづつ、やってはるんやろうか?と不思議に思いました。

赤ちゃんが母乳やミルクをそれぞれ与えられて、上手にその子のペースで
飲むのに何度も繰り返して、むせたり吐いたりしながら飲むのと同じで、
お行儀だって、勉強だって、しつけだって、毎日しないと忘れるのに。
まさか、母乳やミルクを飲むのに「何でそんな飲み方なの?!」とかは
赤ちゃんには、言わないわけで・・・。

その人の中では「一生懸命」なんです。よくわかるんですが・・・。
その子にも「自我」があって、でも両親しか分からない「その子の一面」も
あって、分かってやれるのは両親くらいしかいないのになぁ、とも感じました。
短い幼い期間を「教育」と言う名のもとで、ビシビシやるのもいいけど、
両親にしかできない、温かい「アフターフォロー」がない子供は、
これから先どんな風に育つんだろう?と考えさせられました。

ちなみに私の家では、まぁ適当に遊びながら子供と過ごしています。
ドリル等、買ってきても、それぞれ一日・1ページ。だらだらやらない。
あとは楽しくCDをかけながら。踊りタイムです。
私も子供も学びながら、ストレス発散踊りでございます。
我が子よ、せめて母よりも「さんすう」ができるようになっておくれ。(苦笑)

知育の副作用■かおる(692) 投稿日:2004年11月28日<日>01時00分/女性
チビの時からお受験¢蝠マですね。むかし、小学生を教える事を生業としていたことがあります。子どもには勉強の向き、不向きがあって、小さいながらも理系、文系というような方向性も持っています。いたずらに知育を強要しても、勉強嫌いという副作用が出て損。遊びの中から学び、学びの中に喜びを見出せるような、環境作りが親の腕の見せ所のような気がします。親がいつも本を楽しそうに読んでいれば、「本を読みなさい」といわなくても勝手に子どもは本を読むということです。でもこれはあくまで、距離を置けるときにのみ可能で、日々の生活でこれを実践できる大人たちがはたしてどれだけいるものでしょう。

何よりその子がどこに興味を持っているのか、見極めて、得意な分野を伸ばすのが、親も子も一番楽なのではないでしょうか。全ての人が学者になるわけでもオリンピックの選手になるわけでもありません。まず親が自身を見つめ直します。親に無いものは教えられないのだと聞きました。

心配なのは、情緒を発達させるために、充分な時間をとらないことです。手抜きをすると必ず大きなしっぺ返しが来て、非行や親殺しなどに行き着くというのは、以前からよく言われています。

幼い頃一番大事なのが情操教育であると、私の周りを見て痛切に感じます。勉強だけ出来れば、他にどんな副作用が出ようと、許容してしまうなんてことはやめてほしい。この件に関して、副作用は出すべきではありません。蘭さんは大丈夫だと思います。心豊かな人間を育ててくださいね。


今年の紅葉と混雑は?■かおる(693) 投稿日:2004年11月28日<日>20時02分/女性
寒くなったとは言うものの、昼間はちょっと運動すれば、汗ばむ。今日はきっと車が混むに違いないと、少し遠いところだったが、運動をかねて自転車で出かけた。街路樹も山も紅葉が素晴らしく、自転車だと見たいところで、心行くまで鑑賞できる。もちろんデジカメ持参だったが、さほど撮りたいシーンが無い上に、やっぱり本物に勝る画像は私には無理と悟っているせいもある。。今年は冷え込みがなかなか来なかったので、きれいなところがまばらで、相手まかせのカメラマンの私には、どこをとっても成功!というわけには行かないのだ。

中高年のウォーキング姿の観光客が結構多い。もうへとへとで崩れそうになりながら歩いているおばさん二人に道を聞かれた。まただ〜。あんないい加減な聞き方だと本当に行けたかどうか。下調べをせずに来たにちがいない。方向はあっているが、とんでもないところを歩いていた。「旅の人をあたたかく迎えましょう。」なんて条項が大津憲章にあったような気がするから、私はいつもちゃんと答えてあげるのに。

案外交通量が少ないので、観光地案内のおじさんに聞いてみると、「先週が混んだ、今日はまだましや。」とのこと。また取り越し苦労して、損してしまった。あなたは紅葉狩りには行きましたか?


ヨン様、帰る■かおる(694) 投稿日:2004年11月29日<月>22時45分/女性
NHKの7時のニュースで、ヨン様がお帰りになった≠ニ民放のワイドショーのように伝えていた。成田でお迎えした人は3000人とも、4000人とも。すごい盛り上がりだが、130人の追っかけ≠ノ現場でアンケートを取った結果は、80%は専業主婦なんだって。追っかけ≠ヘ初体験という人が殆どで、「会えたよ〜ん」とうっとりした眼で、興奮して、すぐにケイタイで知らせている相手は、夫なんだって、そんなこと報告されてもね。私にはよく分からない。

夢のカプセル■かおる(695) 投稿日:2004年11月30日<火>22時49分/女性
カプセル型の内視鏡が開発されたそうだ。2p程のカプセルのなかに、ライトとカメラが組み込まれ、外から磁石でコントロールして、好きなところに移動でき、6万枚の写真を撮るという。でもこの画像一々診る先生も大変ね。一歩進んで、『私の身体体験旅行』ってな実況中継が診られるともっと面白いね。

2年以内に実用化のつもりというが、これ使い捨てよね。
入り口は口で、飲み込んでしまう。コードが無いのはありがたいが、出口のことを考えると、再利用ってちょっとびびる。使い捨てなら、検査代が結構するかな。
薬を患部に噴射することが出来るカプセルも開発中とか。昔見た『ミクロの決死船』に似ている。

今は、なんでもないテープレコーダーやテレビも明治初期には夢≠ニして記録されているという。みんなに笑われそうな突拍子もないでっかい夢、実現不可能でも考えてみよう。もう一月で新しい年が来るよ。


04/11/01▲〜04/11/30       『談話室』総集編トップへ