『私のオーストリア旅行』
第3話 " ドイツ
フランクフルトに到着 "
市庁舎
いつも着陸のときに流れるメロディが、聞こえてきました。
何度かの食事と、睡眠ですっかりリラックスしていたみんなの顔が、こわばっています。緊張と期待の固まりが“シートベルト”を締めているようです。気圧の変化で耳も「ワーン」となっています。
フランクフルトが見えてきました。空港周辺は緑も多く広々としています。飛行機が旋回し、大地が斜めになり、小さく家も見えてきました。どの家の屋根も申し合わせたように、写真で何度も見たことのある、あのくすんだオレンジ色です。
飛行機が「グァン」と大地を踏みしめ着陸。
さっきまでの緊張が安堵と興奮に変わり、また機内は騒がしいのですが、私の耳はまだ「ワーン」としています。
三百数十人の仲間の全員、バスに分乗してフランクフルト郊外のホテルに向かいます。私は、もうバスの窓からフォルクスワーゲンのカブトムシを見つけて、シャッターを切り始めました。まだホームビデオのない時代。あちこちでカシャカシャと音が聞こえます。周りは日本人ばかりなので、遠出の遠足といったところです。
部屋に荷物を置いて、時間があるのでお散歩に出てみました。私の耳はまだ「ワーン」としています。この時、私は不思議なことに帰ってきた様な、懐かしいような気持ちになっていました。確かに、辺りに見える、ありふれたマンション風の建物から、ドイツらしさは感じられないのですが、日本国内だとも言えない雰囲気で、テーマパークにいるのとも違います。
明日、国別に別れて目的地に向かいますが、今はまだ日本人ばかりに囲まれているからかしらとも思いました。
でもこの“懐かしさ”の感覚はずーっと旅の最後まで続き、今も治らない『ビョーキ』のそもそもの始まりであったのです。
一夜明け、今日はいよいよオーストリアに向かいます。![]()
フランクフルト中央駅から列車に乗りますが、その前に我々は、フランクフルトの“ゲーテの家”を見に行きました。フランクフルトは金融の中心で、BANKの文字が見える大きなビルがいくつも建ち並ぶ近代的な町ですが、観光スポットであるこの辺りには、ドイツの昔風の香りが漂っています。
でもこの家も戦争で壊された、がれきから元通りに再建されたとのこと。疎開させてあった家具調度を戻し、ガラスは当時のままに、分厚く歪んだ手作りで再現されたと聞き、ドイツ人の“昔”を大切にする心に大変驚きました。“ゲーテ博物館”となっているこの家は当時のお金持ちの家の典型的なもので、アニメ『ハイジ』に出てきたあのクララの家とそっくりです。階段にある大きな時計も同じで、中庭には、今にもクララが車椅子で日光浴しに出てきそうでした。
周囲には市庁舎もあり、今、結婚式(市役所に結婚式場があるんです。)を終えたばかりのカップルが階段を降りてきました。質素なウエディングドレスと、本当に小さな花束がかえって若い二人のよろこびを輝かせ、豪華な日本の結婚式を見慣れた私には、とても本質的で素敵に思えました。
一人一人ランチボックス(中身の紹介は次回)をもらって、改札口はなくても、どこも変わりのない喧噪が大きなドームに響く、中央駅から列車に数時間乗れば、今回の旅行の目的地、新しい経験が待ち受けるオーストリアに到着します。
発車のベルが鳴ることもなく、人々の別れや出会いを乗せて、スーッと列車は南に向かって走り出しました。