『私のオーストリア旅行』

 

第12話           "  オーストリアのベッド事情   "  

    −あこがれの羽布団−     

  

犬の話ではありません。 "宿泊場所"についてです。 何かお間違いのないように。

団員は30歳までと決まっていましたが、その頃の女性の平均結婚年齢は、23〜24歳でしたので、男女とも殆どは20歳前後の若者の集まりでした。
従って受け入れ団体は、宿泊場所としてユースホステルのようなものを考えていたようです。日本から予約できるような豪華なホテルでの宿泊は一度もありませんでしたが、その土地ならではという、小さな、こざっぱりとしたユース、プチホテルそして、このホームページの名前の由来ともなっている"ZIMMER"という看板の掛かった可愛いペンションが選ばれていました。

 

私達は一台のバスでオーストリア国内を一周しました。バスはエスコートの2人のオーストリア人、団員30人、リーダーと団長、日本人の通訳一人、そしてその土地、土地で参加するエスコートのアシスタント達全員がゆったり座ってまだ余る大きさです。

 

インスブルックの町から、30分ほど走った郊外のとあるユースホステルにバスは到着しました。
そこで私が見たものは、殺風景なコンクリート床の暗い部屋に不作法に立ち、グラグラ揺れる鉄パイプ製のベッド。ペンキの落書きもあったような気がします。さすがに、エスコートの二人が「まずい!」と判断。我々を乗せたバスは、今来た道を川に沿って再びインスブルックに向けて走り始めました。"携帯"もない時代にどうやって捜したのか、分宿する事が出来るいくつかのペンションが見つかった時には小1時間も経っていたでしょうか。本場のチロルで、窓に花が一杯飾られた"チロルの山小屋風"(?)の、木造の建物です。

 ペンションから見えた朝の風景

私の案内された部屋の調度やベッドは、全て木製で、お揃いの可愛いアルプスの花がトールペイントされていました。(その頃は日本でこのような手芸はありませんでした。)この頃の若い人は、きれいも、素敵も、素晴らしいも全て「可愛い!」の一言で済ませてしまうことがありますが、この部屋はまさしく「可愛い!」を機関銃のように叫んでも足りないくらいです。

例えば大きなビルで、きちんとベッドメイキングされ、空調や安全性も完璧なウエスタンスタイルのホテルは世界中至る所にあります。それはそれで快適ですが、山間の小さな村にそれを求めるのは無理な話で、このように朝の物音や、スープの匂いがすぐそこに人のいることを感じさせるペンションは、ドイツ語しか通じない事を含めて、自分が旅している気分を満喫でき、とてもくつろいだ気分にもさせてくれます。

そして、何より私を感動させたものは"羽布団"です。
私がその名を知ったのは、少女の頃読みふけった、子供向けの文学全集にあった『小公女』の中でです。当時、"羽布団"がどんな物か知りたくても庶民の目に触れる機会はなく(今では考えられないことですが)、ただ想像するしかありません。本の挿し絵やアニメを手がかりに、勝手にロココ様式のごてごて飾り立てた部屋にある猫足ベッドにかかっている、クドクドしい花模様などに彩られたフワフワした物と決めていました。ところが、目の前にある"物"は 真っ白 ?!?!?!

塵ひとつないこざっぱりとした部屋の、可愛い木製のベッドのパリッと糊のきいた真っ白のシーツの上に半分に畳まれて、枕のお化けのような物が乗っていました。これがフワフワしていなくて、大きくなくて、パイプのベッドなら病院じゃないかと思うほどでした。

目の前にあるフワフワした白い塊の手触りは今まで感じたことのない特別の優しさと暖かさを持っており、紛れもなくこれが"羽布団"であると分かるのに、頭の中で何年も前に造られた頑固な想像物を押しのけ、これを"羽布団"の位置に置き換えるまで少しの時間を要しました。そしてその作業が済むとひたひたと感動が満ちてきました。

それは程良く糊のきいた、真っ白な厚手の生地の袋に羽根が入っているだけの代物で、縦長に持ち、中の羽根を下半分に集めて、残りの布を上に重ねて、半分の大きさにしてあるのです。

寝るときには、この下半分を上に持ち、袋中にまんべんなく羽根を分散させると、私達の見慣れた形のお布団になります。朝は、上を持ち、トントンと振り、中の羽根を元のように下半分に集め、畳んでおきます。
これはとても暖かく、その夜、私は『小公女』のセーラそのものだった。なんて信じる人いるかしら?

 

その後、ザルツブルグに行ったとき、この中身の羽根を売っているのを見かけました。日本のお布団屋で、綿の種類別にサンプルが入って、値段のついたガラス箱に見覚えのある人はエライ! それと同じ形でした。

旅行中、寝具は羽布団の他に、普通の布団であったり、毛布であったりしましたが、どこも同じように、こざっぱりとした、塵も匂いもない清潔なベッドで、気持ちよく疲れをほぐすことが出来ました。日本に較べて乾燥している事も原因かもしれません。

ただ一つ、残念だったことは、夜空の星を眺めながら、干し草のベッドでお日様の香りに包まれて眠ることが出来なかったことです。

オーストリアの"ベッド事情"でした。 物足りなかった方、ごめんなさい。

 

【追 記】
インターネットで、このようなペンションを捜して予約することも今なら可能かもしれません。が、日本で、日本らしさが満ちあふれている、あまり観光客の行かない、ちいさな村で泊まれる素敵なペンションをうまく捜しあてて予約することが出来るかどうかを考えれば、オーストリアでもドイツでも事情は同じ事で、安全を考えれば、日本からの予約可能な、味気ないホテルで我慢するしかないのかもしれません。
ただヨーロッパには、駅に必ず "Information" があり、そこでは大抵英語が通じますので、こちらの希望にあうホテルを探してもらうことは出来ます。これが許される旅なら、そこそこ安くて、その土地を堪能出来るホテルを見つけられるかもしれません。


つづく

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