『私のオーストリア旅行』

 

第13話             " 街に出てみれば  1  "   

――ゴールデネンダッハ――


インスブルックは、マリアテレジアに大変愛された街ですが、その発展の歴史は、チロルが大好きだったマクシミリアン一世が、1493年にウィーンからこの町へ都を移したことに始まります。ブルグンド公国のマリアを妻にして、北方ルネッサンスの文化を導入。その後1665年まで、都の置かれていた間に、文化の薫り高い旧市街―アルトシュタット(=old town)―が完成します。

 

私達は、その旧市街に隣接する、王宮と裏手の王宮庭園の近くでバスを降り、同じ場所にバスが迎えに来てくれるまでの約3時間、放し飼いになりました。初めてのフリータイムです。アルトシュタットは、ドイツ語で"Gasse"、京都風だと"小路"という石畳の小径が縦横に入り組んだ城下町の風情漂う、人に優しい場所です。それぞれ5〜6人のグループに分かれて市街の散策です。狭い街ですから、団員にはすぐに出会いますが、その頃オーストリアを旅する日本人を余り見かけることはなく、インスブルックのような観光地でも、ごく希にしか見知らぬ日本人に会うことはありませんでした。

この街の観光の目玉とでも言うべきは、ゴールデネンダッハ(黄金の屋根)です。
旧市街の広場に面した、五階建ての建物の上二階部分に、とってつけたような金色に輝く小屋根とその下に小さく張り出したバルコニーが見えます。マクシミリアン一世によって1500年に完成された物で、2,657枚の銅板に金箔を施した屋根部分、下のバルコニーの腰には何か浮き彫りがされているようですが、実際下から見上げても何も解りません。これはレプリカで細かい所までしっかり見たい人は、本物が『チロル州立博物館』にあるそうです。西洋の建築物は日本に較べてかなり大きいので、ちっぽけな屋根と思っても、実際は大きいのかもしれません。広場を取り囲む建築物は、"ヘルプリングハウス"と呼ばれる、うねうねとした漆喰で飾られたロココ様式の建物をはじめ、全て古くて、王様やお妃様が当時のままの格好でそのバルコニーに現れても何ら違和感はありません。

私達は歩き疲れたので、王様達が広場で行われる催しを見下ろすために造られた『黄金の屋根』を、反対に見上げる広場の路上にあるテーブルについて休憩しました。さわやかな風の吹き抜ける屋外で、渇いたのどを潤すのは、とても心地よいものです。やっと最近このスタイルが日本でも規制緩和されてきましたね。

ヨーロッパは日本と違い大変乾燥しているので、しょっちゅう何か飲みたくなります。この日、私はビールを飲みました。私はいつもコーラか、一番安くておいしい黄金色をした透明の飲み物、"アプフェルザフト"つまり100%りんごジュースを飲んでいました。ですから今日は、初めてのビールです。私はアルコールは強くないので、淡泊、マイルド、口当たりが良い「これはいける!」と気に入りましたが、その頃シェア、ダントツの『キリン』を飲みなれた輩は、ちょっと手応えが無くて、頼りないようでした。チロルは山国ですから、夏物の背広を着て歩いても汗の出ることはありません。やはり、ビールの味わいは、汗をひとしきりかいた後、キリリと冷えた物を飲むのが最高なのかもしれません。

 

食事は全てご招待ですが、飲み物は自分で支払うことになっていました。ここで、この飲み物の支払いについてです。海外旅行をされた方はよく見かける風景でご存じかと思いますが、その時の私はこれも驚いた事の一つでした。

ウエイトレスに用事があるときドイツ語で"フロイライン"(お嬢さん)と呼びかけますが、不思議とおばさんが多いです。飲み物を運んできてテーブルに置くやいなや、空いた手は彼女の真っ白の小さなエプロンの下に潜り込み、どこにこんな大きな物が隠されていたのかと思うほど巨大な、黒革製の財布が現れます。蓋を開けると、何段にも折り畳まれたアコーディオンの様な蛇腹がカパーッと大きな口を開けます。その中にあるコインをじゃらじゃらと音を立てながら、一人一人精算していきます。例えばこちらが支払いに10シリングを出すと、飲み物の代金にお釣りのコインを足し算しながらテーブルに並べて最後に"Zehn" (=ten)とやる計算方式に、私はどうもなじめません。そして又パサッと蓋をすると小さなエプロンの下に見事に収納して去っていきます。これがかなりスピーディで自分が解らないものだから「ホントにちゃんと計算している?」と疑いたくもなるのですが、少しのお釣りならチップにするのがマナーのお国柄なので、そんなことを気にする人は、いないのかもしれません。

 

若い我々も、「自由時間が欲しい、何も買えない。」と隙あらば口々にのたまう日本人に変わりありません。少しのビールでもう、ポッと真っ赤になってしまう安上がりの私の、次なる標的はショッピングです。インスブルック銀座と言うにはあまりにシックな、この広場の周辺のお店は、建物の一階部分がアーケード街のようになっていて、各お店のウィンドウはかなり奥まった所にあります。現地では"Lauben" 〔ラウベン〕と言うのですが、新潟の『雁木』の石造版かなと、むかーしの教科書を思い出しました。冬になれば、歩けないほどに路上につもった雪を避けながら、ウィンドウから漏れる暖かい光りに誘われて、そぞろ歩く人々を想像しながら、席を立ち広場を横切って、再び歩き始めました。

チロルの名産品やお土産については、次回をお楽しみにね。

 

【補 足】 "ドイツ大好き"のページでチロルについてもう少し

 

つづく

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01/02/15