『私のオーストリア旅行』

 

第25話            "  突然のパーティ  "  

  


その時、バスは人通りのない細い道路を走っていました。両側から石造りの家や塀が迫る風景は、花々で飾り立てられた表向きの顔とはちょっと違った趣でしたが、ここも古い街道筋のようでした。
昼間にブドウ畑やヴァインケラーでたっぷり楽しんだ上にパンクのおまけまでついたので、予定の時間にウィーンに帰り着くのは無理なようだという話が伝わってきました。

そういわれても我々はなすすべもなく、賑やかにうちくつろいでいましたが・・・・、
突然バスが止まり、右側の塀に続く扉がガラガラと音を立てて開き、バスごとその中に入ってしまいました。 同時に「到着」と言う声が聞こえ、急遽ここで歓迎のパーティが開かれることになった旨が手短に告げられました。

左手は工場風の建物、その向こうには家屋らしき建物。 右側は農機具なども入っている、広いがらんとしたコンクリートの土間に、白いテーブルクロスの掛かった粗末な木のテーブルと椅子が所狭しと並べられています。このスペースとそれに続く、建物に囲まれた広いコンクリートの庭が、にわかパーティの会場のようです。 庭の片隅には、同じように白いテーブルクロスの掛かったテーブルと10人分ほどの椅子がしつらえられています。

 

実はここは、昼間に見学した、ワインナリーの持ち主で、ニーダーエステライッヒ州知事マウエル氏の邸宅で、今日二度目の訪問でしたが、入り口が違えばそれに気がつかないほど広いって事、理解していただけるでしょうか?

昼間に立ち寄ったときには、緑深い庭を案内されました。 木々の間を何か動物が動いたようで、それはさながらディズニーのアニメの世界。聞けば、数頭の鹿が放し飼いにされているというではありませんか。草の間に有刺鉄線が見え隠れしていました。そしてその場からは見えませんが、ずっと奥には川があり、そこより向こうに動物は逃げられないとか。 我々はみんな口をあんぐりと開けたまま、自分たちの頭が、日本とのスケールの違いを認識するのに苦労していました。

・・・・・・・・・・

「いざ、鎌倉!」 親類縁者音楽隊 さて、静かな眠ったような町のどこからやって来るのかと思うほどに人々がゾクゾク集まり始めました。 揃いの赤いチョッキを着た人々もいます。彼らは手に手に楽器を持ち、壁際のテーブルの方に向かいます。

この赤チョッキの面々は 「いざ、鎌倉」  と、この場に はせ参じたこの家の親類縁者たちで、 
"ニーダーエステライッヒワインフィルハーモニー
なんて名前だったかどうか・・・・・・・・・♪   歓迎音楽隊 のメンバーだったのです。
さすが音楽の国!!  この国ではどの家にも、楽器がひとつはあって誰もが何かを演奏できるのだそうです。

 

宮中晩餐会のように、襖日両国国歌の演奏でパーティは始まりました。

オーストリアの若者も私たち日本人も、みんな立っています。異国で聞く「君が代」がこんなにも懐かしくうれしいとは。 我々は自然に、大きな声で歌いました。誰から強要されたわけでもなく………。
もちろんオーストリアの人達も自国の国歌を歌いました。

お決まりの双方の挨拶がすむと、さあ、賑やかに再び音楽が始まりました。

 つづく

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2001/08/19