『私のオーストリア旅行』
第37話 " ザルツブルク 3 "
------ ヘルブルン宮殿 ------
ザルツブルクの繁華街の話の前に、ヘルブルン宮殿≠ノご案内します。バスに乗りザルツァッハー川をわたり、少し行けば、もう家もまばらな郊外です。その日訪れたのは、その郊外に位置する、ホーエン・ザルツブルク城の城主即ち大司教が、夏を過ごした離宮ヘルブルン宮殿≠ナす。日本人から見れば、オーストリアの暑さなんてやわなもの。避暑の必要があろうかと言いたいところですが、一ヶ月のバケーションを誰でも手に入れることのできるヨーロッパですから、避暑というより、むしろ避仕事なのでしょう。根性で押し切ってきたどこかの国と違い、いい休暇から上質の労働が生まれる事を昔からヨーロッパの人は知っていた事と思われます。単なるサボリの民族だった等とは決して思わないのが、ファンの心得です。あるいは短い夏の間の貴重な太陽を体一杯に浴びて、厳しい冬を乗り切る必要もあったのかもしれません。
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当時の日本人の海外旅行では、主だった街以外のところに興味を示す人も、情報も、ましてこのような片田舎へのオプショナルツアーもありませんでした。ザルツブルクとて主だった街として当落すれすれの順位だったかもしれません。このヘルブルン宮殿≠ヘ今では、いろいろなところで紹介されているので、ご存知の方も多いと思いますが、我々の仲間の物知りでも知らないところで、私たちを見て「珍しく外人さんが来ているぞ。」と人々は思っていたでしょう。もちろん他に日本人はいません。
到着すると、人々がザワザワと楽しげに歩いています。おみやげ物屋がないので、所謂観光地という雰囲気がないのですが、夏の休暇を楽しむ人々がここにもたくさんいます。長い塀に沿ってゲートに向かう途中、何やらニコニコ楽しそうに語らいながら歩いてくる人々の洋服に、所々色が濃くしみになっている部分があるのが気になりました。でも、ご本人はそれを気にしている風でもありません。私たちは私たちで盛り上がっているので、すぐに忘れて、中に入りました。
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大きな木がたくさん植えられた広大な庭園に囲まれ、静寂な雰囲気が漂うこじんまりとした宮殿です。ぐるっと廻って、池のある庭に出ました。ヨーロッパで良くあるように池の真ん中には女神か何かの像があります。ここのガイドさんはドイツ語で説明したあと、ドイツ語訛の英語で、もう一度同じ事(たぶん)を説明してくれます。結構人々がいたと思うのに、建物を後ろに立つ我々の視野には、樹木と池と石のテーブルを囲んでいくつかの石のイスがあるだけ。一塊ずつ観光客を誘導するらしく、自分たちのグループだけが見学しているような気分です。
現地のガイドさんの英語は私でもこの発音は・・と思うほどなのに通訳の人も知らん顔。ですから、知っている単語をその中から一つでも多く聞き取るため、全神経を彼に集中しなければなりません。
「ここは大司教の夏の館で・・・」
外国からのTV中継で、映像から音声がちょっと遅れるように、英語は私の頭の中で、ずれながら日本語になって行きます。そんな時、突然前にある石のイスの真ん中から水が飛び出しました。よく見るとどのイスにも確かに真ん中に小さな穴が。そこから水は勢いよく高々と上がります。これはイスのふりをした噴水? それとも噴水のふりをしたイス?私の頭の中では相変わらずライブ中継風に遅れながら・・・・・・第何代目かの大司教の○○さんが、非常にいたずら好きで、ここでパーティをしてお客様をしたときに、ビックリさせてやろうと、作らせた・・・・・とガイドさんの声が日本語に置き換わっています。これ、お客様が座り終わったときに、本当にやったんでしょうか? 喜ぶ大司教の顔と、驚くお客様の様子を想像すると楽しくなってきます。
こういう見学は、耳で聞き、頭で置き換え、目で見、噴水の出ている間にすばやく写真をとり、指示に従って動くと、なかなか多角的な能力を要求され重労働です。外人さんが笑うべきところで、笑えないと理解していない事がばれて恥ずかしいより、損したみたいで悔しい思いが残ります。
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道理で、そこらじゅうびちゃびちゃ。カメラという精密機器をもつ我々日本人は濡れては大変。転ばないように注意して歩いて行くと、また別のガイドのお兄さんが、待ち構えていて、なにやら続いて説明します。どうやらあちこちにこういう仕掛けがあるらしいのです。
突然、説明の間に、えーっ?横から水が飛び出しました。これは、説明のお兄さん達が操っているなと分かってきました。説明をする事よりいつこのコックを開けてやろうと、虎視眈々と狙っていた様ですが、そんなこと私達に分かるわけがありません。何も知らない可愛い女の子が丁度そこに来たら、コックを開けて、一筋水をかけます。洋服が濡れて「キャー」というのはどこの国だって同じ。してやったりとお兄さんの今までのまじめ腐った顔は、いたずら一杯の笑顔に変っています。
これだったのです。やっとさっきの不可解な洋服のしみの謎が解けました。
そういえば、バスの中でどんな所に行くのか何の説明もありませんでした。楽しみをより大きくする魂胆だったのです。もう騙されないぞと、私はガイドのお兄さんの当てにならないまじめ顔を見るよりも、もぞもぞする手元を注視。ドイツ語は言うに及ばず英語の説明ももう聞こえてきません。
左と思えば、右、右と思えば下。下と思えば上。上と思えば後ろ。油断すればどこにでも水は飛んできます。彼らはコックを操り、あちこちに、自在に飛ばすので、そのたびに、悔しがる被害者を笑う観客の声が大きく聞こえます。そしてもう今度こそと両側からの噴水の下を走って潜り抜け到着し、ホッとした瞬間、なんと前の壁から水が飛び出してきました。
こういうとき可愛い女の子は大変です。ここで、私もさぞかし大被害だったろうと想像していていただいても何らさしつかえはありません。
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庭園には、水が流れ、あちこちに池があり、像があります。当時のオーストリアにあった木こりや牛飼いなど主な労働を動く人形にした水仕掛けの劇場、そしてたくさんの青々とした木々。やはり湿気はとても日本人を落ち着かせます。
こんな事、梅雨時期の日本でやったら、怒りすら誘いそう。これだけずぶ濡れになっても、程なく乾燥してしまうヨーロッパならではのいたずらを、皆は夏のひと時の戯れとして大いに楽しみます。老若男女、国籍の区別は無用です。ヘルブルン前、へルブルン後、として写真をとったら、みんなの表情はまるで違っていたのではないでしょうか。ザルツブルク名物、噴水庭園・ヘルブルン宮殿≠お楽しみいただけましたか?
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急流下りや、コンピュータ制御の遊園地の乗り物もダイナミックで面白いけれど、このように人の知恵と、水力と、臨機応変な手作りの機知にとんだ趣向は、なかなか得がたい面白さです。是非とも実際体験してほしい場所です。まじめ一辺倒の日本に較べて、おもてなし文化としては一枚上手のような気がしたのは、これまたオーストリアファンとしての身贔屓かもしれませんが。
【補 足】 ザルツブルクについてもう少し
【お詫び】
ただいま、スキャナーとの接続不能で画像作成が出来ません。しばらくお待ちください。