『私のオーストリア旅行』
第39話 " 最後の夜の大事件 "
ザルツブルク近郊の小さな町、Attnang〔アットゥァング〕。駅前旅館が私たちのこの3日間の宿でした。本当にもう最後の夜です。ここでも、音楽にあわせて皮のズボンをはいて、足や手を器用に打ちながら踊る、民俗芸能が披露されました。ごく身近に見られたので、一緒にやってみたいほどでしたが、到底無理な事はその複雑な動きですぐに分かったので、いくら旅の恥はかき捨てでも、グッとこらえました。
お世話になった、ドライバーのエルビンやエスコートの人達との最後のパーティがはじまりました。
“Prost!”〔プロースト〕 “Prosit!”〔プロージット〕 “カンパーイ!”。
皆教えてもらったように、ワイングラスの台から立ち上がるステムの部分を持っています。“カチ〜ン、カチ〜ン”と澄んだ音があちこちから聞こえます。ワインで、ビールで、あのきつい火酒シュナップスででも・・・、何度も何度も乾杯です。今宵もお酒の肴はごくわずかのチーズやハムと純オーストリア風。メインディシュは旅の話。みんな顔を真っ赤にして飲み、語り、歌い、踊り、今宵は無礼講。ご招待ではありません。スーツでいる必要もありません。盛り上がりに盛り上がります。
♪ ベンヴィア ショーン ショーン ショーン、 ユバー ツァン ツァン ツァン、 イン ダス シェーネランド チローォル・・・・・・♪
とカタカナで練習して行ったドイツ語で、♪オー素晴らしい、素晴らしいチロルよ♪ と歌います。
旅の間中、いたる所で歌いまくった、いわば私たちのテーマソング「チロルの歌」の大合唱。あまり広く知られていない民謡のようなこの歌をバスの中で突然歌いだして、ドライバー始め、オーストリア人達を驚かせたのも懐かしい思い出となりました。彼も運転しながら、いつも一緒に歌ってくれました。* * * * * * * * * *
もう暑くて暑くて、部屋にいられない。みんな酔い冷ましにホテルの玄関に飛び出します。外は夏とはいえ相当涼しい。
「そうだ花火が残っているはずだ。やろう」となお、火に油を注ぐような考えが提案されます。躊躇させるものなどありましょうか。ホテルの前庭で花火大会が始まりました。パチパチと音を立てて、色々な花火が次々と真っ暗なオーストリアの夜空を焦がします。なんてわけには行きません。線香花火では。それでも小さな打ち上げ花火などに誘われて、ホテルの窓と言う窓に花火見物の人が鈴なり。私たちは、彼らが一緒に楽しんでくれているものとエンターティナーきどりでしたが・・・・。
この期に及んで大事件が!
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この騒々しい平和を突き破り、フォルクスワーゲンの白のカブトムシが、てっぺんの赤いライトを点滅させながら、聞きなれない派手なサイレンを鳴らして近づいてきます。「どこへ行くのかなあ。あれがオーストリアのパトカーなんだ。映画みたい。」とのんきに姿を追いかけていると、事実は小説より奇なり¥繧フ道からぐるーっと廻って降りてきて、なんと私たちの前で止まったではありませんか。そして本物の警官が二人降りてきました。一瞬、静寂があたりを包みます。
捕まるような悪い事をした奴はいないはず。「一体、何の用だ?」我々はあっけにとられています。リーダーと何やら話して、またすぐに引き揚げていきました。
このとき、初めて知りました。夏だからと当たり前に、楽しんでいた花火がオーストリアでは冬の風物詩だったと。大晦日の深夜0時に、氷点下の寒さの中、新年を祝って派手にやるのだそうです。
ここは、日本人を見たことも無いような田舎町。「よからぬ輩(やから)による不穏な動きがある」などと親切にも通報した人がいたに違いありません。日本でも大晦日に花火の音が聞かれるようになったのは、21世紀になったこの2年ですから、当時そんなことが身近に起これば、やっぱり私たちもビックリした事でしょう。
警官はすぐに事情を飲み込んで、「まあいいが、もうあまり長時間やらないように、済んだら、ホテルに戻るように」と言い置いて、去って行ったそうです。
●・●・●。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。若者に静かにせよと言うほうが、無理と言うもの。たちまち騒ぎは元通りに。 人々がこれをニコニコと許してくれた事は幸いでした。 しかし残念な事に間もなく花火は底をつき、我々は、しぶしぶホテルに引き揚げましたが、誰も皆、眠りたくはありません。
粗末なカーペットが敷かれた廊下に出て、話をしていると、不意に廊下の電灯が消え真っ暗に。「誰だ! もうーっ!」と再びスイッチを押し、明りをつけ、しばらくするとまた消えます。仕方なしに、部屋に戻りました。後で聞いた話、コレは一定時間で消える省エネ電灯だったのです。そのころこんな賢い電灯は日本では存在していませんから、誰かのいたずら(早く寝させようとするリーダーの仕業)だとしか思えなかったのです。
夜もふけてきました。明日が来てほしくないけれど、眠らなければなりません。